茅ヶ崎恵泉教会牧師 坐間 豊
みことばの贈り物(10)2008年5月
春になったと思ったら、何だか暑い日が続きますね。一斉にいのちが動き出したみたいです。イエス様に新しいいのちをいただいて、日曜日、み言葉を聞くことから始まる一週間を、私たちは心が熱くしながら歩んでいきます。この恵みは熱い、暑い、厚い!
あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。
(新約・ペトロの手紙一 1章8〜9節)
手元の英和辞典を見ると、
私は 行く 〜へ 教会 日曜ごとに
I go to church every Sunday.
という文章の意味として、
「私は毎週日曜日に教会へ礼拝に行く」
とあります。四種類見ましたが、みなこう出ていました。それも、なぜかすべてに「毎週日曜日」がついています。その中でも或る辞書は、丁寧にも「毎週日曜日に教会の礼拝へお祈りをしに行く」と書いていました。
内容は単純で、「日曜ごと教会へ行く」でいいようなものです。ところが、どの辞書にも、行き先は教会でも、その目的は「礼拝」だよ、と教えているのです。なかなか興味深いです。おそらく、英語を勉強している人のほとんどが、この行為(「教会へ行く」こと)になじみがないからでしょうね。
この親切な訳も、「教会の礼拝」がどんなことか分かっていればこそ。しかし、やはり大方の人には何のことか不案内だからでしょうか、或る辞書はさらに「それはね、お祈りに行くんだよ」と丁寧に教えてくれているのだなと、思えるのです。
ここまで来ると、英文和訳というより説明です。でも、それでよく分かります。
正直に白状しますが、中学生高校生のとき私はこのような深い学びをしませんでしたし、興味深く思ったこともありませんでした。今だから言えるし、分かります。
では、教会に礼拝のためではなく、用事があって訪れるとしたら?
その場合には、I go to the church. と言いなさい、そう辞書にあります。なるほど。
歴史ある教会に名画を見に行ったり、建築そのものが文化財的存在だったり、響き良くコンサートが行われたり、バザーの会場になることもあります。幼稚園・保育園があると礼拝堂で卒園式をしたりします。私も前の教会で憲法9条講演会をしました。これらは go to the church なのですね。
church(教会)にthe を付ける。大義名分のようにくっつけて言うのです。その場所に行くけれども礼拝するのではない、と強調して言うのです。この the がなくて、自然体のように go to church するのが礼拝です、と英文法が語っているようです。
英語の復習になったみたいですけれど、皆さま、それ以上にgoto church の意味がよくわかりますね、私たちには。
教会へ行く、それは礼拝しに。これが自然体で出来るのがいいですね。用事ではなく、ファッションとしてでもなく、義務でもついででもなく、当たり前に自然体で心から礼拝に臨む。
そこで起こるのは、ペトロがその手紙に書いているように、信仰者がすばらしい喜びに満ちあふれることです。キリストを愛し、信じて、そうなります。その魂がキリストに捕らえられて、そうなります。魂の救いがあるので、感謝し、賛美がうまれ、お祈りになります。そう、礼拝は神様と心が通じることなのです。
見たことがなくても聖書によってキリストを愛し、信じ、喜び、感謝し、祈り合う交わりが、自然体の礼拝であり、教会の姿です。鎧やかみしもを脱いで心の扉を開き、み言葉を受けましょう。