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みことばの贈り物

茅ヶ崎恵泉教会牧師 坐間 豊

みことばの贈り物(15)2008年10月

遠い国に住み、もう十何年会っていない知人と、電話で話しました。お互いに「ハロ〜」。この間の消息は多少分かっていましたが、年月は経ちました。それが、まるで昨日の続きみたいに話せます。色々な苦労の中で共に祈り合った信仰の絆は、変わらず今も生きていると感じました。

主において常に喜びなさい。重ねて言います、喜びなさい。
あなた方の広い心がすべての人に知られるようになさい。
主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのは
やめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなた方の
心と考えとを、キリスト・イエスによって守るでしょう。

(新約・フィリピの信徒への手紙4章4〜7節)

この手紙を書いたのはパウロという人です。イエス様は復活なさると弟子たちに伝道の使命を託されたのですが、その弟子たちに後から加わりました。元々は熱心なユダヤ教徒で、弟子たちを攻撃していたのに。ですから、弟子たちのように直接、地上のイエス様を知りませんでした。

 そのパウロが「復活の主」イエス様に出会い、捉えられ、召し出され、イエス様の伝道者とされたのです。百八十度の大転換でした。彼の心の中で大きな「回心」があったのです(「使徒言行録」9章に詳しいです)。その結果は、「ユダヤ教徒からキリスト教とに変わった」、「改宗した」という単純な形式的なことではありません。もしそれだけなら、それはパウロのまったく私的な経験であり、私たちには影響ないことです。何がパウロにとって、回心の中心だったのでしょうか?

  ― イエス様の十字架と復活は罪ある私のため、という福音です。人はみなイエス様に愛され赦されて生まれ変われる、という経験。
 その後のパウロは、どんな生き方をしていったのでしょうか?

― イエス様を知って大きく変わりました。他者を批判するのではなく愛する人になりました。それで、すべての人のためにイエス様の福音を語り、イエス様に従い、イエス様を証ししていきました。

 伝道者となったパウロの苦労は一通りではなかったと、伝えられています。生活の苦労は言うまでもありません。彼はイエス・キリストの福音を伝えて、至る所で反対・非難・誤解・無視に会いました。彼の働きを現代の商社マンにたとえて、どれだけの活動したかと考えてみると、驚きます。前人未踏の業績を上げたのです。開拓者なので、無理も失敗もたくさんありましたが、後に続く者たちはどれだけ助かったことか!生涯独身で、一箇所に留まること無く、定年・隠退も知らず、逮捕・裁判・投獄は何度も味わい、所在不明で東奔西走、旅費滞在費を欠き自腹を切るのはいつも。健康に不安もありましたが、いつも穏やかで寛容。

 今、だいぶ年を取りましたがまだ現役で、またもや牢屋に入れられています。彼の喜びは、各地に起こった同信の友たち、そして彼らが熱心に担っている主イエス・キリストを喜ぶ教会が、各地で恵まれていることです。そう伝え聞いて喜び、仲間たちに手紙を書いているのです。

 その核心は、私たちを救って下さった主イエス・キリストにあって、大いに喜ぼう!ということです。もはや、主を信じる私たちを脅かすものも、陥れるものも、打ち負かすものも、あり得ない! 十字架の死を味わわれて復活の姿を示されたお方が、私たちの主であられます。何を我らは恐れることがあろうか、と自分から喜び、仲間たちを励まします。ただ畏れるべきは(「恐れる」ではなく)、イエス様を遣わして下さった神さまのみです。目には見えませんが、いまも共にいて下さるイエス・キリストを信じて神様に謙虚に従うとき、世のなにものも与えることが出来ない平和に包まれ、支えられ、慰められ、励まされるのです。

 私も友と久しぶりに主にあって変わらない交わりを喜び楽しみ、感謝を与えられました。この間、彼はナイジェリアからカナダ、今ニューヨーク。私はカナダから盛岡、茅ヶ崎へ。茅ヶ崎とNYはいま信仰で直結!

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