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みことばの贈り物

茅ヶ崎恵泉教会牧師 坐間 豊

みことばの贈り物(17)2008年12月

2008年のクリスマスが近づいてきます。「クリスマスがあるって、なんてけっこうなんでしょう。何かのひょうしでクリスマスを思いついた人って、最高!」 作家リンドグレーンの物語の中で、子どもがこう言っています。クリスマスって誰かの思いつきなの?!勘違いの金賞をあげたいくらいです。もっとも、そのうれしい気持ちはよく分かります。

そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。

…シメオンは幼子(=イエス)を抱き、神をたたえて言った。
「私はこの目であなたの救いを見た…。
(新約・ルカによる福音書2章25〜30節)

 この「お手紙」を読んでおられるあなたは、(そう、この「みことばの贈り物」は私からあなたへの、神様についてのお手紙のつもりなのです)、クリスマスがイエス・キリストの誕生なさった日だと、ご存じでしょう。 約二千年の昔、ユダヤのベツレヘムという町の馬小屋で、父ヨセフと母マリアに生まれた男の子。天使に告げられた羊飼いや星に導かれた東の国の博士たちが、お祝いにやって来ました。遠い昔の預言者たちが語ったように、この子はいずれ神様から特別な力をいただいた救い主(キリスト)として、人々を愛し慰め助けて、神様に立ち返らせる…。

 教会で、この時期に繰り返し読まれ、語られ、賛美歌で歌われるクリスマスのストーリー。説教者は何度ここから語ることでしょう。しかも、毎回、新しい感動を覚えながら。実にクリスマスを迎えることは、その都度私の人生に救い主が与えられること。とても大きな喜びなのです。 このシメオンという人は、それほど知られていないかもしれません。 この場面はイエス様お誕生の40日後です。救い主誕生のストーリーからは、一段落した後の出来事なのです。律法に従って誕生のお祝いに両親は幼子をエルサレム神殿に連れて行きました。そこで、シメオンはイエス様に会ったのです。「シメオンは幼子を抱き、神をたたえて言った。『私はこの目であなたの救いを見た…。』」

 このシメオンは、救い主が与えられるのをひたすら待っていた人です。ベツレヘムでの出来事も、羊飼いや外国人の博士たちの来訪も、知りません。それらは彼の耳に入らずに、もう過ぎ去ってしまいました。でも、彼は取り残されたのでも、忘れ去られたのでもありません。彼には希望がありました。それは人間的な期待や計算した上での目標とは違います。神様への信頼に基づく希望です(聖書は、このことを「聖霊による」と言い表しています)。そして、この希望は、かなえられたのです。「シメオンは幼子(=イエス)を抱き、神をたたえて言った。『私はこの目であなたの救いを見た…。』」神様に信頼してかなえられた希望です。だから、神様を誉めたたえています。有頂天になってうかれたりしていません。

 このシメオンの態度は、クリスマスについて大切なことを私たちに教えています。

  1. クリスマスの喜びは与えられる、ということ。
  2. クリスマスの喜びは、神様の方を向いて信頼し疑わずに待つ私に、生活の中で与えられる、ということ
  3. クリスマスの喜びは、私たちの「救い」に関するもの、ということ
  4. クリスマスの喜びは、私たちを、人間的な満足や上機嫌にではなく、神様を誉めたたえるように促す、ということ

 救い主の誕生であるクリスマスを迎えるとき、あなたにもこの喜びがやって来ます。あなたにも「そのとき」があるのです。だれあろう、神様が備えて下さるのです。どうぞ、「あなたの目で救いを見る」ように、クリスマスをお迎え下さい。一番いいのは、教会で礼拝に参加することですが、皆様にクリスマスの祝福を心からお祈りしています。

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