茅ヶ崎恵泉教会牧師 坐間 豊
みことばの贈り物(22)2009年5月
「一年の計は元旦にあり」ですが、年度替わりも新しい決心にいいです。日記を始めました(正しくは何度目かの再開)。NHK英語会話も(上に同じ)。ラジオ体操はまだですが。まずは一ヶ月続きました。
神はこれらすべての言葉を告げられた。「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。
あなたには、私をおいて他に神があってはならない。あなたはいかなる像も造って…ひれ伏したり、仕えたりしてはならない。…あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。…安息日を心に留め、これを聖別せよ。」
(旧約・創世記20章1〜12節)
これは有名な「十戒」の前半です。神様に関して民が守るべき戒めが、四つ挙げられています。よく「モーセの十戒」とも言われますが、この戒めを授けたのは神様で、始めに自己紹介(?)をしています:「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神。」モーセはそれを民を代表して受けたのでした。
ここに言われているように、「あなたたちをエジプトから救い出した」という出来事が、この十戒の現れ出た背景です。言い換えると、この人々が十戒を与えられてその歩みを切り替えるようになったのは、心機一転にふさわしい元旦や年度始めを迎えたからではなく、「出エジプト」(エジプト脱出)という事件がきっかけになったのです。
何が違うのでしょうか?
人々は、何かの機会をきっかけにして自分たちで決意をし、神様に従って行ったのではない、ということです。意外です。遭遇した困難の中で、神様に引き寄せられるように、人生が変わったのです。言い換えると、人々がまじめで真剣、特別に信仰深く、ほかの誰彼よりまさっていたから神様を知る境地に至った、というわけではありませんでした。
このあたりの事情を、聖書は別のところでこう記しています:
「主が心を引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他の どの民よりも数が多かったからではない。あたたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛の故に、あなた は選ばれ、救い出されたのである。」(旧約・申命記7章)
このような神様の一方的な、無条件の愛が、「出エジプト」という出来事に現われたのでした。これが、私たちの思いを超える神様の愛です。後に、イエス様も教えて言われました。十字架で殺される前の晩に、間もなく御自身を見捨てて行ってしまう弟子たちに対して:
「私はあなた方を友と呼ぶ。あなた方が私を選んだのではない。私 があなた方を選んだ。」(新約・ヨハネによる福音書15章)
どうも聖書は、旧約も新約も共通して、人間が自分で心に決めること以上に大切な「神様の働きかけ」を、ていねいに物語っているようです。決して私たち自身の決心や、それを達成しようとする努力を否定しているのではありませんが、そんな決心など思いもよらない危機の中で、動揺し、心細くなり、自分のことだけで精一杯になる私たちに、「恐れることはない。私が一緒だ。神であり、すべてを治め、あなたを愛する私が。」と言って下さる神様がおられると、聖書は伝えているのです。
この神様を忘れないように、「十戒」は教えているのです。そして、教会は二千年間も聖書を読み続け、礼拝を守っています。一ヶ月どころではありません。それを神様の愛が可能にして下さっているのです