茅ヶ崎恵泉教会牧師 坐間 豊
みことばの贈り物(28)2009年11月
秋の深まりです。皆様、お変わりはありませんか。神様のお守りと平安をお祈りしています。ラジオで「里の秋」を聞きました。色々と思い起こします。かつていたバンクーバーでは諸教会合同の音楽祭があり、日系人の教会は毎年参加し、日本語の「里の秋」も歌いました。移民一世の方々は忘れられない望郷の思いで歌いました。「あぁ父さんよ、ご無事でと、今夜も母さんと祈ります」(3節)は、元々戦地から復員する父親を待ち焦がれる思いで歌ったのでしょう。遠くにいる人の無事を願う、祈りの歌なのですね。
私は、あなたがたのことを思い起こす度に私の神に感謝し、あなた方一同のために祈る度にいつも喜びをもって祈っています。 それは、あなた方が最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです…。 私があなた方一同についてこのように考えるのは、当然です。 というのは、監禁されている時も福音を弁明し立証する時も、あなた方一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです。私が、キリスト・イエスの愛の心であなた方一同のことをどれほど思っているかは、神が証しして下さいます。
(新約・フィリピの信徒への手紙1章3〜8節)
このように切々と手紙を書き送ったパウロは、遠いフィリピというギリシャにある町のクリスチャンたちを思っていました。パウロは、イエス様を伝え歩いた優れた伝道者ですが、今、福音のために牢獄に捕らえられて、手紙を書いています。心の通う人々を思って遠くから、しかも、牢獄から書き送った手紙です。
この手紙は不思議です。困難の中にありながらパウロは、むしろ、手紙を受け取る者を励ましているからです。パウロは、囚われの身だからといって、助けを求めたり、同情を乞うように手紙を書いていません。この手紙はそのような印象から、「喜びの手紙」と呼ばれます。
なぜでしょうか?
まずなによりも、パウロは自分勝手な手紙を書いたのではない、ということです。フィリピの人たちを思っていました。彼らのことを思って書いたパウロは、囚われていても独りぼっちではないのです。
しかし、それがなぜ喜びなのでしょう?
パウロがこの手紙で書いているのは、直接にはフィリピの人たち宛の文章ですが、実は神様への祈りなのです。神様に祈るとき、それも、自分のためではなく誰かのためを思って祈るとき、いかに困難の中にあるとしても、祈られる相手にも祈る自分にも、絶望や無力ではなく、喜びと安らぎが与えられるのです。祈りとは、特にキリスト教の祈りとは、本来、そうした温かいものを持っているのです。
遠くの友へ手紙を書きました。ロッキー山脈に住む日系人二世の方です。年老いていく一世の方々を集め、お世話をし、ギターを片手に讃美歌や唱歌をリードします。「里の秋」も。私がカナダに行った時、最初に会った日系人の方でした。淋しさが募る親の世代のために何かしたいと、日本語の礼拝を始めました。彼の日本語は片言でカタカナ専門だったのに、漢字を覚え出しました。「カンジハ、オモシロイネェ。」それでこう書きました:「漢字の面白さにチャレンジし熱中しすぎて、体をこわさないようにして下さい。みなさんの喜んでいる姿が、目に浮かびます。私もとてもうれしいです。本当にありがとうございます。寒い冬の中、お元気で。神様の祝福をお祈りしています。」
もう何年も経ちました。私の心の中には、静かな里の教会堂で一緒に歌い、語り、祈った出来事が、今も変わらず生きています。